「……右足か?」
「ああ、足首を捻った。やった時は普通に動けたんで大したことないと思って報告しなかったんだが、事が終わってみたら歩けない。失敗したな」
「見せてみろ」
屈み込んで葵の右足のズボンの裾をたくし上げ、用心深くブーツと靴下を脱がせる。
「いてっ……」
それでも怪我に障ったのか、葵は小さな悲鳴を上げた。
ことさら顔を背けて、こちらを見ないようにしている。
「大分腫れだしたな。骨にひびが入っていなければいいが」
これ以上負荷をかけると回復に時間がかかり、次の任務に支障をきたす。
「なぜ作戦が終了してすぐ、雪菜に報告しなかった?」
作戦終了後、撤収予定時刻まで雪菜は葵を心配して呼びかけていたはずだ。
「だから、本当にわからなかったんだ。終了してから数分は、まだ力が使えてたから」
葵自身は一度友人と認めた相手には誠実なのは、今ではよくわかっている。
だが、澱みなく彼の口から出てくる言葉が、真実とはかぎらないこともよくわかっていた。
「嘘吐きめ」
感じたことが口から零れる。
「え、だれのことだい?」
「貴様以外だれがいる?」
葵はわざとらしく周囲を眺め回して、肩を竦めた。
「――確かに。お前と俺しかいないな。」
微かに笑って右手の甲で頬に触れてきた。
「この間は悪かった。俺にはお前の生き方について、どうこう言う権利はないってのはわかってはいたんだが、謝る機会がなかった。やっと来たまたとない機会を逃したりはしないさ」
手はそのままゆっくりと滑り降り、顎を掬い上げる。
唇と唇が重なって舌先同士が一瞬触れて離れた。
「さあ、帰るぞ」
「え?」
立ち上がった葛は、脱がせたブーツに靴下をつっこんで葵の手に押し付ける。
「肩を貸したところで、その様子ではろくに歩けないだろう。背負って行ってやる」
「あの……」
背を向けて屈んだ葛に、葵は躊躇っている様子だった。
「ぐずぐずするな」
「はい」
更に促すと、小学生のような返事が帰ってきて体を何とか起こす気配がする。
首に両腕が回ったことを確認して、葛は葵の両脚を抱えて立ち上がった。
夜の静寂に葛の足音と、2人の呼吸音だけが聞こえる。
ふと、首筋に葵の吐息が触れた。
「葛の匂いがする。久しぶりだ……」
その声の振動に、背筋をぞくぞくと這い上がってくるものがるのを感じ、慌てて平静を装って彼に忠告する。
「1人で歩いて帰るか?」
「いえ、もう何も申しません」
そうしおらしく言ったものの、葵の無言は長続きしない。
さすがに艶めいた話はもうしなかったが、四君子堂写真館に着くまで彼は他愛もない話をし続け、葛はその声と体温を心地良いと思った。
(TheHappyEnd 2 に続く)
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